青い春の味がする



ああ、疲れた。もう少しも動きたくない。家に帰る気力さえなくて、ベンチにだらりと腰掛けぼーっと一点を見つめているときだった。

「ひぇっ!!」

急に片頬に感じた、冷たさに飛び上がる。冷たさの原因を探すより先に「好きでしたよね、それ。間違って買ったので飲んでください」と聞き覚えのある声が降ってきた。ちらりと視線だけ、声のした方に動かすとブラックコーヒーの缶を口につけた七海と、白地に青い水玉模様が入った缶が見えた。

「……いつの話よ」
「私の記憶の中のアナタはいつも、それを飲んでいましたが」
「……」

そりゃ、そうだ。────あんたの記憶の中の私は高専のままで止まっているんだから。なんて誰の為にもならない言葉を飲み込み、受け取る。久しぶりに飲んだそれは、今の私には甘すぎた。

「甘っ。よく、こんなの飲んでたな私……若いってすごいね……」

喉の奥に広がっていく甘酸っぱい味に、かつての青い日々が鮮明に蘇ってくる。無意識に七海と私との間には、一人分の空間が出来ていた。その間にいるのが当たり前だった彼はもういないのに。あの無邪気な人懐っこい笑顔が恋しい。職業上、平和な日々がずっと続いていくはずがないと、どこかで分かっていながら、それでもずっとあの日々が続くと、あの頃の私達は本気で信じていた。歳を重ね、喪失感を誤魔化す術は覚えたけれど、未だに喪失感を埋める方法を私は知らない。

「もうさ、糖質とかカロリーとか、怖いよね」
「職業柄、同世代の女性と比べれば消費カロリーは多いでしょう」
「まぁ、そうなんだろうけどさぁ。油断してると一気に来そうで怖いじゃん。七海だって昔みたいに菓子パン何個も食べてたらあっという間よ? 五条さんがバケモンなだけなんだから」

圧倒的に身体に悪い物を食べているはずなのに、昔と全然変わらない姿の五条さんは置いておいて。

「私達が、だらしないおばさん、おじさんになってたら、向こうで灰原に笑われちゃう……」
「……」

冗談で口にしたはずの言葉に、鼻の奥がツンと痛む。缶ジュースのときのように何も言わずに差し出されたハンカチに、自分が泣いていたことに気付かされた。

「今晩、飲みに行きましょう」
「……人の話聞いてた?」
「酒は百薬の長と昔から言うでしょう」
「ただ飲みたいだけでしょ。────ねぇ、七海」
「なんです」
「これで、鼻かんでもいい?」
「……はっ倒しますよ」
「あらら、お口が悪いー。七海さんって大人で素敵ーって言ってる女の子達に聞かせてやりたいね」
「名字が、平気で人のハンカチで鼻をかむようなやつだと、見る目のない男性諸君に言いふらしますよ」

そうだった。思い出した。いつもつまらないことで言い合いになる私達の間に灰原が入り、最終的に仲直りの握手をさせられていたことを。すごく、気が進まないけれど、投げやりに手を差し出すと七海は、ハッとした顔をしたあとに、フーッと深く息を吐き出した。私だって嫌だよ早くしろ。久しぶりに握るその手は、大きくて、ごつごつしてて、ちょっと泣きそうになった。










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